看護師(40代 女性)

「私はセラピストになる気がないのだから、トレーニングに参加する必要はない。個人セッションと公開ワークショップだけで十分。しかもトレーニングとなると、その分仕事を休まなければならないし、お金もかかるから」と、トレーニングは自分とは縁遠いものだと思っていました。ただ、それと同時に、いろいろと言い訳を重ねて何事も諦める傾向が自分にあることも感じていました。

そう思ってから4年ほど経った時、いろいろ悩んだ末に言い訳をやめて、トレーニングに飛び込むことにしたのです。

トレーニングに参加してみると、レクチャーを受けながらワークを進めることで、腑に落ちることが多くなり、ほんの少しずつではあるけれど成長しているという実感が得られ、それが自信になりました。そして、自分は看護師に向いていないと悩み続けてきましたが、トレーニングで得たことが仕事に活かされていると感じるようになってからは、看護師を続けていくことに希望を持つようになったのです。

他者との境界が弱いために、患者さんの気持ちに共感し過ぎて流されやすかった私が、自分を守るすべを覚え、患者さんに伝えなければならないことはしっかりと伝えられるようになりましたし、同僚の悩みに寄り添えるようにもなり、同僚から信頼を得ることが多くなりました。また、以前は甘えるのが苦手で、仕事を手伝ってもらうのは迷惑がかかると思って独りで抱え込んでいましたが、甘えられるようになってからは同僚に頼れるようになり、楽になりました。

何よりトレーニングをともに受講する仲間との強い絆は、私にとって大きな支えになっています。「そのままの自分でも受け入れてもらえる人たちがいる」という安心は、「生きている充実感」を私にもたらしてくれています。

振り返ってみて、トレーニングに参加してよかったと強く深く感じています。
鍼灸師・アロマセラピスト(50代 女性)

私はBIPSのトレーニングに入る前に、2年間、月に1回の個人セッションを受けていました。個人セッションで得られたものは多大でしたが、グループワークでは他人への理解を通して、より自分を深く理解することができました。

ボディサイコセラピーの素晴らしさは、ローエンの著書の邦訳のように「からだは嘘をつかない」というところから始まります。 嘘をつけないワークの場で私は、それぞれ皆が傷つきながら、一生懸命生きていることを体感しました。
 
様々な遺伝子、生育歴で育ったグループの仲間は、様々な問題を抱えています。一人一人が自分の問題と真摯に向き合っている場所に立ち会えることは、その人を理解することとともに、自分自身のなかの悲しみ、怒り、喜び、強さ、美しさ、本質を理解することにつながります。そしてその場は、エネルギーに溢れ、私たちがハートで繋がる瞬間となります。

同じ仲間と4年間、嘘をつけない、あるがままの自分でいられる場所を持てることは、本当に幸せなことだと思います。
柔道整復師・鍼灸師(40代 男性)

私は、参加資格の「プレトレーニング参加、もしくはバイオシンセシス、ハコミセラピーなどボディサイコセラピーの体験が、40時間あること」という条件を満たさず、無理を言って参加させていただきました。参加した動機も同期の友人達の強い勧めだったので、BIPSのトレーニング概要なども全く知りませんでした。そんな状況での参加でしたが、それまでにNLP(神経言語プログラミング)やEFTなどのタッピング療法、ヴィッパサナー瞑想などを受講したり、ボディワークではアレクサンダー・テクニークやフェルデンクライス、ロルフィングなども体験していましたので、何とかなるだろうと軽い気持ちでいました。ところが、いざトレーニングが始まると、あまりの深さに驚きと嬉しさと恐怖(笑)を感じました。

自分自身、日常生活や仕事のなかで、特に大きな苦悩や問題があったわけでは無いのですが、トレーニングを受けることによって、見えていなかったというか、見たくなかったものが見えてきて辛く感じ、今まで仮面を被って生きてきたことをマザマザと見せつけられました。いわゆる鎧で固まった身体を実感したのです。そのために参加資格として、ある程度の経験が必要なのだと痛感しました。できればBIPSのトレーニングを続けながら個人セラピーを受け、自分自身のケアの必要性も感じました。幸い私の場合は、同期の友人達のおかげで個人セラピーを受ける必要は感じませんでしたが。

1年目はそんな感じで、今までよりは少し辛い感覚を味わっていました。心理的防衛が強かったせいか、トレーナーのこんな部分が嫌だとか、事務局の対応の遅さが嫌だとか、逃げるための言い訳をたくさん作って(笑)、辞めるための口実を正当化しようとする自分がいました。実際、1年目が終わると同時に、辞められた方も数名いらっしゃいました。

それでも周りの仲間に支えられて2年目以降も続けていると、段々嫌な自分も冷静に見ることができ、少しずつ仮面にもヒビが入ってきてます。今のご時世、何でも短期間で効率よく習得できるような謳い文句が流行っていますが、心と身体の繋がりを深く探求してゆくためには、ゆっくり焦らず時間をかけて学び続ける必要性を感じています。

同期の仲間と一緒に学び続けることで、みんなが深い部分で繋がり、BIPSの場が本当に安心・安全な場である事を実感し、日程的なことや金銭的な問題などはありますが、続けて参加できて良かったと思っています。

仕事のなかでも最近、うつ病の方やパニック障害などの心理的問題を抱えたクライアントさんが来られることが多くなり、BIPSで学んだことが非常に役立っています。家族や両親に対しては、まだまだ素直に表現できない部分はありますが、こちらも少しずつ変化の兆しが見えてきてます。

卒業後も、定期的に学び続けたいと思います。
声優(30代 女性)

受講申込みの学費を振り込んだ時、「あぁ、やっちゃった!」と思いました。顔合わせである最初のトレーニングに向かう車中流れる木々を眺めながら、本当に来てしまった、私は自分のために来たが、トレーナーコースだし、ついていけなかったらどうしよう、噂では凄くキツいらしいから嫌になってしまうかも知れない、とかなり不安でした。もちろん自分のために何かを掴めるという期待もありました。

セラピストになるためにBIPSのトレーニングに入ったのではありませんが、現在は意識が変わってきています。自分の深い部分に触れ、本当にキツいこともあったけれど、その先の喜びは言葉では伝えられないものがあります。そしてその時共にいてくれた仲間のあったかさ、仲間のワークから響くもの、得難い経験が次から次と波のようにやってきます。それがからだに染み込み、自然と生活が変わっていき、以前よりは本来の自分で生き、世界が広がったと感じています。
カウンセラー(40代 女性)

トレーニングが始まる以前より、ボディサイコセラピーの話は聞いていたのですが、それまでに経験していたグループワークや個人セッションでのボディサイコセラピーのアプローチの体験が、自分の中でうまく消化できず「このやり方は自分には向いていない」と思い、一時期はボディサイコセラピーから距離を置いていました。懐疑的といったほうが、正確かもしれません。それにカウンセリングの現場では使えない(と思い込んでいた)ということも、参加の必要性を感じなかった一因だと思います。また、当時は大きな対人ストレスから対人恐怖が強くなっていたこともあり、「自分の内面を大勢の中で探索していく作業なんて怖くて出来ない!」という強い抵抗感がありました。それと同時に、こんなに不安定な気持ちで居る自分が、心理に関わる仕事を続けて行っていいのだろうか・・・という不安もあったのです。

そんな時に、私が師事している先生が、BIPSの前身である「バイオシンセシス」のトレーニングに参加しておられました。トレーニングでの先生の体験を耳にしたり、トレーニングの間に変わっていかれる先生の様子や人への関わり方の変化を目にし、次第にボディサイコセラピーに対する抵抗感が薄れていったのでした。やがてボディサイコセラピーに懐疑的だった私の気持ちは、先生の変化が何によるものなのか・・・私も今の状態から少しでも脱することが出来るのでは・・・という興味と期待からトレーニングに参加してみようかな・・・という気持ちに変化していきました。

でも正直、最初の2年間はトレーニングの参加メンバーに慣れることで精一杯だし、トレーニングでのレクチャーと体験が結びつかず、ちんぷんかんぷん。エクササイズでの自分の体験の意味もよくわからないまま「とにかくこなす」という感じで、トレーニングから帰って来るとぐったりしてしまい、「何やってるのかな・・・私」と、つぶやいたことも1回や2回ではありませんでした。

トレーニングでは、クライエントロール、セラピストロールになってエクササイズを行います。その際、どうしても自分自身のしこりに触れて、苦痛な体験がフォーカスされ、よくなっていく実感より悪くなっていく実感に意味を見いだせず、虚ろな気持ちになることもありました。

それでも仲間に何とか支えられ、トレーニングも3年目に入ってくると、自分の体験の意味や過去とのつながりが少しずつ理解できるようになってきました。また、仲間への理解も深まり「つながり」とか「受け止められる」ということを「からだ」を通して理解することが出来ました。

カウンセリングの現場でも、クライエントの方に対する見え方や視点の持ち方、関わり方が、少しずつ変わってきているように思います。

今は、自分の感覚への信頼感、他者への安心感が育ったことや、仕事に取り組む時の落ち着きが以前より増したようにも感じられ、トレーニングに参加してこころからよかった・・・と思っています。

そして、トレーニングを通じて出遭った仲間との響き合いや深い部分でのつながり、支えを得られたことが何よりの財産になっています。